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高松地方裁判所 昭和60年(ワ)153号 判決 1989年5月25日

主文

一  原告らがいずれも被告の設置する香川県大手前高松高等学校及び同中学校の教諭である労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告岡好孝に対し金九七二万二〇五九円、原告中村益夫に対し金八四九万四〇九二円、原告草野晃に対し金六九八万八八〇七円、原告柳井博に対し金七五六万八五二五円を、当該各原告に支払うべき金員に対する昭和六〇年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を付加して支払え。

三  原告草野晃及び原告柳井博のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が原告岡好孝の仮執行につき金三二〇万円、原告中村益夫の仮執行につき金二八〇万円、原告草野晃の仮執行につき金二三〇万円、原告柳井博の仮執行につき金二五〇万円の各担保を供するときは、その各仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告は、原告岡好孝に対し金九七二万二〇五九円、原告中村益夫に対し金八四九万四〇九二円、原告草野晃に対し金七〇二万七一四二円及び原告柳井博に対し金七五八万四二九七円を、当該各原告に支払うべき金員に対する昭和六〇年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を付加して支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  右の2につき、仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は、私立学校の設置を目的として、私立学校法の定めるところにより設立された法人であって、肩書地において香川県大手前高等学校及び同中学校(以下「丸亀校」という。)を、高松市室新町一一六六番地において香川県大手前高松高等学校及び同中学校(以下「高松校」という。)を設置している。

(二)  原告岡好孝(以下「原告岡」という。)は、昭和四六年四月、被告に高松校教諭として雇用された。

(三)  原告中村益夫(以下「原告中村」という。)は、昭和四八年四月、被告に高松校教諭として雇用された。

(四)  原告草野晃(以下「原告草野」という。)は、昭和五一年四月、被告に高松校教諭として雇用された。

(五)  原告柳井博(以下「原告柳井」という。)は昭和五一年四月、被告に高松校教諭として雇用された。

2  被告は、昭和五七年三月三一日、原告ら各自に対し、昭和五七年四月一日付けで高松校教諭から同校非常勤講師に降職する処分をしたので、原告らが教諭の身分を失ったと主張し、原告らが高松校教諭の地位にあることを争っている。

3(一)  原告から高松校教諭として被告から受け取るべき昭和五七年四月分から昭和六〇年二月分までの賃金等の合計は次の表のとおりである。

(二)  原告らが被告から非常勤講師として取り扱われて得た昭和五七年四月分から昭和六〇年二月分までの賃金等の合計は次の表のとおりである。

4  よって、原告らは、各自、被告に対し高松校の教諭であることの確認を求めるとともに、各原告に対応する3の(一)の合計金額(A)と同(二)の合計金額(B)との差額(A-B)(次の表のA-B欄の金額)を、これに対する弁済期経過後である昭和六〇年二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を付加して支払うことを求める。<編注・左表省略>

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実を認める。

2  同3の事実について

(一) その(一)のうち、原告岡及び原告中村に関する各部分を認める。原告草野に関する部分は、<1>昭和五七年七月五日、<2>昭和五八年七月五日、<3>昭和五九年七月五日の各一時金の金額の点を除いて、認める。<1>の一時金は三〇万五八四四円、<2>の一時金は三一万八四九一円、<3>の一時金は三四万三七九三円である。したがって、原告草野の賃金等合計は、九二八万八六六七円である。原告柳井に関する部分は、<1>昭和五七年一二月四日、<2>昭和五八年三月一九日の各一時金の金額の点を除いて、認める。<1>の一時金は四四万八七一九円、<2>の一時金は八万八二二三円である。したがって、原告柳井の賃金等合計は、一〇〇二万五〇六一円である。

(二) その(二)を認める。

3  同4は争う。

三  抗弁

1  被告は、昭和五七年三月三一日、原告ら各自に対し、昭和五七年四月一日付けで高松校教諭から同校非常勤講師(期間一年)に降職する懲戒処分(以下「本件降職処分」という。)をした。したがって、原告らは、いずれも高松校教諭の身分を失った。

2  ところで、本件降職処分の理由は、次のとおりである。

(一) 被告の高松校の就業規則(抜粋)は、別紙のとおりである。

(二) 原告岡及び同中村について

(1) 被告は、昭和五六年四月三日、毎朝登校時の生徒指導上の必要性に照らし、就業規則一五条により、原告岡及び同中村に対し、昭和五六年度の勤務時間につき、始業時刻を午前八時三〇分から午前八時一五分に変更する旨命令した。しかるに、右原告両名は、正当な理由もなく、右指定の時刻に登校せず、連日遅刻した。そこで、被告は、原告岡に対しては昭和五六年五月一日と同月六日、原告中村に対しては同月一九日、右指定の時間に勤務するよう注意したが、右原告両名は、被告の右業務命令を無視し、遅刻を続けた。

(2) そこで、被告は、右原告両名の行為は就業規則一四条五号に違反するので、右両名に対し、同規則六八条五号及び九号により、昭和五六年八月五日から同月一〇日まで出勤停止処分に付した。

しかるに、原告岡及び同中村は、その後も昭和五六年度末に至るまで前記業務命令を無視し、遅刻を続けた。

(3) 原告岡及び同中村の前記(1)(2)の行為は、いずれも就業規則六八条五号、九号及び一〇号に該当するので、被告は、右原告らを本件降職処分に付した。

(三) 原告草野について

(1) 原告草野は、昭和五六年七月、高松校部活動顧問の立場を利用して「NET・IN」と称する冊子(以下「本件冊子」という。)を被告に無断で発行し、同校生徒及びその父兄に配布した。

(2) 原告草野は、本件冊子に、<1>高松校では、生徒の体育大会出場を、中高六年制コースの生徒については高一まで、高校三年制コースの生徒については高二まで、体育関係の大学専願の生徒に限っては高三までとする方針を採っていること並びに六年制コースの高二の女子生徒の体育大会出場をめぐって被告と生徒及びその保護者との間で紛争が生じたことを書き、<2>原告草野が、部顧問として被告の右方針に批判的見解を有することを書き、<3>六年制コースのメリットがあるのか疑問であるとの印象を与えるような文言を記載し、<4>高松校から丸亀校へ配転となった稲葉につき「稲葉先生早く戻ってきて下さい。」との文言を記載し、<5>稲葉の氏名を名簿上高松校バトミントン部顧問のように書いた。

(4) 原告草野の前記(1)(2)の行為は、被告の許可なく業務外の文書を頒布して業務上の秘密を漏らし、被告の教育方針を公然と批判し、かつ、被告の信用を傷つけるものであり、就業規則六八条二号及び九号並びに六九条四号、五号、七号及び一〇号に該当するので、被告は、原告草野を本件降職処分に付した。

(四) 原告柳井について

(1) 高松校では、各教科担当者が年次有給休暇等を享受するときは、事前に欠講時間用の教材を準備することになっており、昭和五六年一〇月三〇日、同校の教頭及び教科主任が原告柳井に対しその旨の指示をしたにもかかわらず、原告柳井は、これに従わず、同年一一月二日、欠講予定時間のための教材準備を怠ったまま欠勤した。この件につき、同月四日、校長が原告柳井を注意したが、原告柳井は、自分の義務ではないなどと主張して反抗的態度を示し、指導に従わなかった。

(2) 原告柳井は、昭和五六年一一月一五日、日直当番に当たっていたが、始業時刻(午前八時三〇分)に遅れ、午前九時二〇分ころ登校した。校長が注意すると、原告柳井は、「自分はいつもこうしている。」と言うばかりで、反省の態度を示さなかった。

(3) 原告柳井は、昭和五七年三月八日、被告に無断で約五〇〇枚のアンケート用紙を作成し、これを他の数名の教員とともに高松校生徒に配布し、ホームルームの時間を利用して生徒に記入させた上、これを回収した。この件につき、校長が右アンケート用紙を直ちに提供するよう命令したが、原告柳井は、これに応じなかった。また、校長は、右アンケートの内容や使用目的等につき説明するよう指示したが、原告柳井は、これを拒否した。

(4) 原告柳井は、被告が再三指示したにもかかわらず、出勤簿への捺印を長期にわたりしばしば怠った。

(5) 原告柳井は、学期ごとに提供すべき「学習指導計画・実施記録」の提供を怠ることが多く、催促により提供することがあってもその内容が乱雑かつ不備なままであった。

(6) 原告柳井の担当する授業では、教室内が騒がしく、生徒の管理が不十分であった。それを校長が注意しても、原告柳井は、反論に始終して反省の態度を示さなかった。

(7) 原告柳井の上記行為は、就業規則六八条二号、五号、七号、八号、九号及び一〇号並びに六九条七号及び一〇号に該当するので、被告は、原告柳井を本件降職処分に付した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実自体は認める。

しかしながら、本件降職処分はいずれも原告らと被告との労働契約に違反するものであって無効である。すなわち、本件降職処分は、右労働契約の基本的内容を原告らに不利益に変更するものであって、右契約の一方当事者である被告の意思のみによってはなしえないものであるから、本件降職処分は労働契約違反として無効である。

2  抗弁2の事実について

(一) その(一)を認める。

(二) その(二)について

(1) その(1)は、後記の点をのぞいて、認める。(1)の二文中「正当な理由もなく……遅刻した。」とある点を否認する。被告のなした勤務時間の変更命令は、就業規則一五条本文に違反するものであって、無効である。すなわち、同条但書で定める勤務時間変更命令は、短期的、一時的な場合にのみ適用され、本件のように一年間にわたるような勤務時間の変更命令に同条但書は適用されない。

(2) その(2)を認める。しかしながら、勤務時間変更命令が前記(1)のとおり無効であるから、被告のした出勤停止処分も違法である。

(3) その(3)は争う。

(三) その(三)について

(1) その(1)を認める。

(2) その(2)のうち、原告草野が本件冊子に<1>のこと及び<4>の文言を記載したことを認めるが、その余を否認する。

(3) その(3)を認める。

(4) その(4)は争う。

(四) その(四)について

(1) その(1)のうち、昭和五六年一〇月三〇日に高松校の教頭が原告柳井に対し欠講時の教材プリントを準備するよう指示したが、原告柳井がこれを従わないまま同年一一月二日欠勤したことを認めるが、その余を否認する。

(2) その(2)のうち、原告柳井が昭和五六年一一月一五日に始業時刻に遅れ、校長から遅刻しないよう注意されたことを認めるが、その余を否認する。

(3) その(3)のうち、原告柳井が被告主張のとおりアンケートを実施したこと、その件で校長から右アンケートの内容、使用目的の説明と、右アンケート用紙の提供を求められたことは認めるが、その余を否認する。

(4) その(4)を否認する。もっとも、原告柳井が二、三日程度出勤簿への捺印を怠ったことはある。

(5) その(5)を否認する。もっとも、原告柳井が昭和五六年度一学期末に「学習指導計画・実施記録」を提出し忘れたことはある。

(6) その(6)を否認する。

(7) その(7)は争う。

五  再抗弁

1  本件降職処分は、次のような事情に照らし、懲戒権の濫用である。

(一) 原告岡及び同中村について

(1) 原告岡及び同中村の前記三2(二)の(1)及び(2)の行為によっても職場が混乱したことはなかったし、教育活動が停滞したこともなかった。すなわち、生徒の登校指導については、原告岡及び同中村の参加した生徒指導部による輪番制が実施され、これにより効果を上げていた。

(2) 本件始業時刻変更命令は、一年間にわたって午前八時一五分から高松校玄関に立って登校指導に当たることを内容とするものであり、原告岡及び同中村にとって、私生活上の有効な時間利用ができなくなるばかりでなく、教育上も時間割係としての業務ができない上、職員朝礼にも出席できなくなる等多大の支障が生じる。したがって、被告は、本件始業時刻変更命令に際し、事前に原告岡及び同中村と協議すべきであり、また、事後にも原告岡及び同中村が右命令を遵守できる条件を整備する等の調整をすべきであるのに、これを怠った。

(二) 原告草野について

(1) 高松校校長は、原告草野に対し、前記三2(三)(2)の<1>の事項が業務上の秘密事項であるから、他に口外しないよう指導すべきであるのに、これを怠った。

(2) 原告草野が本件冊子中「顧問として出してやりたい」と書いたのは、大会の前日に生徒が出場できなくなったことでショックを受けていたバドミントン部の部員らを励ます意図に出たものであった。

(3) 原告草野が本件冊子中「六年制のメリット?デメリット?」という標題を掲げ、「お父さん、お母さんたちはどう思われますか」と書いたのは、六年制コースの長所を生かして教育効果を高めるにはどうすればよいかを生徒の父母に問うたものであった。

(4) 原告草野が本件冊子中「稲葉先生、早くもどってきてください」と書き、住所録に稲葉先生の住所、氏名を記載したのは、稲葉先生が一〇年以上にもわたってバドミントン部を指導し、部員らと強いきずなで結ばれており、稲葉先生が高松校に戻ってくることは部員らの願いでもあったので、それを代弁したものである。

(5) 本件部誌は、高松校高校のバドミントン関係者という特定少数の者に配布されたにとどまる。

(6) 原告草野は、従前、被告の学校教育方針に従ってきた。

(三) 原告柳井について

(1) 原告柳井は、昭和五六年一一月二日の欠講の際、高校一年四組の生徒にはテストを実施したが、同三年五組の生徒に対しては、事前に各自の抱えている課題を消化するよう指示した。右の措置は、三年五組が私立文科系で数学を受験教科としない生徒が大半を占めており、三か月後に控えた大学入試に向かって生徒の学習意欲が高まっていたことを配慮したものであった。

(2) 高松校では、日曜日直については、始業時刻に出勤することはほとんど守られていなかった。原告柳井も、高松校に赴任の際、当時の数学主任や同僚教師から、出勤時刻は午前九時ころと聞き、以来午前九時ころに出勤しており、その間上司から注意を受けたことはなかった。

(3) 原告柳井が他の数名の教員とともに生徒に対して実施したアンケートは、ホームルーム活動の一環としてなしたものであり、生徒の実態を把握し、教育活動に役立てる目的でなしたものである。その後、校長からアンケートの提供を求められたが、原告柳井は、高松校高校一年二組の副担当であり、アンケート用紙を保管していたのは担任である福家教諭であったことから「相談する。」と校長に答えた。

(4) 高松校では、職員の多くが出勤簿への捺印をしばしば怠っていたものであり、また、職員の出勤状態の確認は、職員室東側にある教務の黒板の出欠欄に書き出すことや、学校日誌に教頭が記入することでなされているから、二、三日捺印を怠ったことで業務に特段の支障をきたすことはない。

(5) 原告柳井は、昭和五六年度一学期末の「学習指導計画・実施記録」の提出を忘れたことにつき、上司から催促されないまま、同年度二学期末に、一、二学期の記録と三学期の予定を記載して被告に提出した。また、原告柳井は、高松校赴任以来、その内容について注意、指導を受けたこともない。

2  本件降職処分時、原告らはいずれも香川県大手前高松高等(中)学校教職員組合(以下「組合」という。)の組合員であった。本件降職処分は、いずれも原告らが組合活動を行っていることの故に被告がなした不利益取扱いであるから、不当労働行為として無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実について

(一) その(一)を否認する。

(二) その(二)を否認する。

(三) その(三)について

(1) その(1)のうち、原告柳井が昭和五六年一一月二日の欠講の際に高校一年四組についてはテストを実施したことは認めるが、その余を否認する。

(2) その(2)及び(3)を否認する。

(3) その(4)のうち、高松校で教頭が職員の出勤状態を確認して学校日誌に記入していることを認めるが、その余を否認する。

2  再抗弁2の事実のうち、本件降職処分時に原告らがいずれも組合の組合員であったことを認めるが、その余を否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について判断する。

1  抗弁1の事実自体は、当事者間に争いがない。

2  しかしながら、原告らは、本件降職処分は、原告らと被告との間の労働契約の基本的内容を一方的に変更するものであるから無効である旨主張するので、この点について検討する。

(一)  被告の高松校の就業規則(抜粋)が別紙のとおりであることは、当事者間に争いがない。この争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被告は、高松校の職員の懲戒に関し、就業規則の六六条ないし六九条に規定を設け、懲戒の手段の一つとして、その六七条四号で、身分又は職階を下げる処分を規定し、職階を下げるのみならず身分を下げることをも降職処分の内容としている。

(2) 職員の身分及び職階に関し、被告は、就業規則五二条で、<1>教育職員、<2>その他の職員、<3>雇員に大別した上、<1>教育職員については校長、教諭、養護教諭、助教諭、講師に、<2>その他の職員については、事務職員、技術職員に細別し、更に、慣行上、<1>教育職員につき、校長と教諭との中間に、副校長、教頭、教頭補佐の職階を設け、講師については、常勤講師と非常勤講師とに区分している。

(3) 教諭は、満六〇歳に達するまでの終身雇用が予定されている。これに対し、常勤講師も非常勤講師も、雇用期間は一年とされ、更新されない限り、その期間の経過により講師の身分を失う。なお、常勤講師の待遇は、教諭とほぼ同じで、賃金も月給であるが、非常勤講師の賃金は、時間計算給である。

(二)  ところで、一般に、使用者がその雇用をする従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰であると解されるが、使用者の懲戒処分の根拠については、以下のように考えられる。すなわち、使用者とその従業員である労働者との法的な関係は、対等な当事者としての両者が労働契約を締結することによって初めて成立するのであるから、使用者の労働者に対する権限も、労働契約上の両者の合意にその根拠を持つものでなければならない。使用者の経営権は、労働者に対する人的支配権をも内容とするものではないし、従業員に対する指揮命令権も、労働契約に基づいて許される範囲でしか行使し得ないはずのものである。したがって、使用者の懲戒権の行使は、労働者が労働契約において具体的に同意を与えている限度でのみ可能であると解するが相当である。

もっとも、懲戒について個別の労働契約上の合意や労働協約がなくても、懲戒の事由と内容が就業規則に定められている場合には、使用者と労働者との間の労働条件は就業規則によるという事実たる慣習を媒介として、それが労働契約を規律すると解される。ただし、就業規則に定めさえすれば、どのような事項であれ、使用者と労働者の間はこれによって規律されるというような事実たる慣習は存在しないから、就業規則に定められた事項のうち事実たる慣習を媒介として労働契約を規律する事項は、労働契約によって定め得る事項、すなわち、労働契約の内容となり得る事項に限られるというべきである。そうすると、使用者が一定の場合(懲戒権の行使の場合も含む。)に雇用としての同一性を失わない範囲内で労働者の職務内容を一方的に変更し得ることを就業規則に規定することはできるとしても、社会通念上全く別個の契約に労働契約を変更することは、もはや従来の労働契約の内容の変更とはいえず、従来の労働契約の終了と新たな労働契約の締結とみるほかはないから、このような事項は、労働契約の内容とはなり得ない事項であると考えられる。したがって、就業規則にそのような事項が定められても、それは労働契約を規律するものとはなり得ないというべきである。

そこで、本件についてこれを検討するに、被告が懲戒処分として降職処分を就業規則に定め得るとしても、それは、同一の労働契約の内容の変更とみられる職種の変更に限られるというべきである。そうすると、高松校の前記就業規則中、枚長から教頭への降職や教頭から教諭への降職に関する部分の規定は、事実たる慣習を媒介として労働契約を規律し、これを根拠にそのような降職処分をすることは許されるということができる。しかし、教諭から常勤又は非常勤の講師への降職は、終身雇用が予定された契約からこれを予定しない契約に変更するものであって、社会通念上教諭としての労働契約の内容の変更とみることはとうていできないから、高松校の前記就業規則を根拠に、教諭を常勤又は非常勤の講師に降職する懲戒処分をすることは許されないものというべきである。

(三)  そうすると、本件降職処分は、そのような懲戒権発生の根拠を欠く懲戒処分として無効であるから、その余の点について判断するまでもなく、抗弁は理由がない。

三  請求原因3について判断する。

1  その(一)について

(一)  原告岡及び同中村に関する各部分は、当事者間に争いがない。

(二)  原告草野に関する部分は、<1>昭和五七年七月五日、<2>昭和五八年七月五日、<3>昭和五九年七月五日の各一時金の金額の点を除いて、当事者間に争いがなく、<1>の一時金が被告の認める三〇万五八四四円を、<2>の一時金が被告の認める三一万八四九一円を、<3>の一時金が被告の認める三四万三七九三円をそれぞれ超えて原告草野主張の各金額であることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告草野が高松校教諭として被告から受け取るべき昭和五七年四月分から昭和六〇年二月分までの賃金等の合計は、九二八万八六六七円となる。

(三)  原告柳井に関する部分は、<1>昭和五七年一二月四日、<2>昭和五八年三月一九日の各一時金の金額の点を除いて、当事者間に争いがなく、<1>の一時金が被告の認める四四万八七一九円を、<2>の一時金が被告の認める八万八二二三円をそれぞれ超えて原告柳井主張の各金額であることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告柳井が高松校教諭として被告から受けとるべき昭和五七年四月分から昭和六〇年二月分までの賃金等の合計は、一〇〇二万五〇六一円となる。

2  その(二)の事実は、当事者間に争いがない。

四  以上によれば、原告らの地位確認請求並びに原告岡及び同中村の賃金等の差額請求はいずれも理由があり、原告草野の賃金等の差額請求は、前記三1(二)の九二八万八六六七円から請求原因3(二)番号3の二二九万九八六〇円を控除した金六九八万八八〇七円及びこれに対する弁済期経過後である昭和六〇年二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、原告柳井の賃金等の差額請求は、前記三1(三)の一〇〇二万五〇六一円から請求原因3(二)番号4の二四五万六五三六円を控除した金七五六万八五二五円及びこれに対する弁済期経過後である昭和六〇年二月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱宣言につき同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊 貢 裁判官 水島和男及び同 畠山稔は、いずれも転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 渡邊 貢)

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